お盆休みにピッタリの読み物かと思いまして、こちらを。

まあスゴイ記事でした・・・。汗

「なぜ高畑勲さんともう映画を作りたくなかったか」――鈴木敏夫が語る高畑勲:文春オンライン

 

全3回にわたるこのインタビュー記事を読んでいると、怪人・宮崎駿監督が常識人だと感じるくらい、そのくらい高畑勲監督という人はぶっ飛んでいたんだなあと、本当にビックリしました。

鈴木敏夫さんにとって、高畑監督の人物像をここまでつまびらかにすることは、きっとたくさんの意味があるように感じます。ご本人も仰っている通り、「もうこの世にいないのだから、ホント勘弁して下さいよ」という「心の整理」のようなものが大半だと思いますが、きっと鈴木さんなりの弔いの意味も大きいのではないかと察せられます。


私は基本、表現者はその作品だけで評価されるべきであると考えています。その人が犯罪者であったりするなら別ですが、作品の外で何をしていようとあまり気になりません。「大好きな曲をつくっていたミュージシャンが、あるとき調べたら亡くなっていた」ということがあるくらい、作品以外には無頓着です。

でも、高畑勲・宮崎駿・鈴木敏夫。日本のサブカルチャー史に燦然と輝くこの偉大な3人組の関係性にはいつも興味津々でした。ドキュメンタリー番組の類いもほとんど観ませんが、NHKによる宮崎監督の密着取材は常に観ていました。その結果、鈴木さんがいつもバランサーであり続けていたんだろうとは感じていましたが、「この人たちはこんなにも互いに馬が合わないのに、なぜ何十年と一緒にいられたんだろう」という疑問は尽きず。

そして今回、この記事を読んで「なるほどな」と思わされることがたくさんありました。ずっとスタジオジブリのコアは高畑監督なのだろうとは想像していましたが、その想像を遙かに上回るレベルでそうであったんだなと思いましたし、芸術的にも商業的も大成功を収めている宮崎監督がいつも不満そうな顔をしているのは、謙遜でも不遜でもなく、そこに高畑監督の影があったからなんだなと合点がいったりもしました。


私自身の高畑勲体験は、実は「火垂るの墓」が最初で最後です。子どもの頃それを映画館で観て、あまりの恐怖に完全にトラウマになってしまいました。私にも妹がいるのですが、映画館から帰ったとき妹が笑顔で出迎えてくれたのを見て号泣してしまったことを、今でもハッキリと覚えています。

逆に、同時上映されていた宮崎監督の「となりのトトロ」は、私を地獄から天国へ連れて行ってくれた映画として、私にとって不動のNo.1作品になりました。そののち何百回と観た今でも涙してしまう背景には、間違いなくそのアンチテーゼとしての「火垂るの墓」の存在があります。

ちなみに、毎年この時期に放映されるテレビ放送も延々拒絶し続けて今に至ります。私にとっての「戦争」は「火垂るの墓」であり、その意味では強烈な逆説として、そしてきわめてクリアな現象として、私に戦争の恐怖体験を植え付けることに成功しているといえます。甚だ不本意ではあるのですが。


この偉大な3人組による創作活動もいよいよ終盤を迎えており、残すところ宮崎監督が現在制作中の1作のみとなるのかもしれません。その絵コンテが高畑監督の死後2ヶ月間ストップしてしまっているという現状には、改めて高畑監督への畏怖を覚えてしまうわけですが、ともあれその完成を楽しみに待ちたいと思います。

調べてみたところ、今年の夏は「火垂るの墓」のテレビ放送はないようですね。いまの自分が観たら何を思うのだろうと、少しだけ興味が湧きました。

高畑勲監督のご冥福を、心よりお祈りいたします。